10年バズーカステークス(エイシンフラッシュ)

"Bist du OK ?"(大丈夫?)
白い煙がもうもうと立ち込める中、声を自分にかけたのはフラッシュを
そのまま大人にしたような美女だった。
「フラッシュ?ここは?」
先程までいた海岸ではなかったし、彼女が着ていた水着姿ではない。

冬物の慎ましやかな衣服に身を包んでいた目の前の女性はフラッシュではあるが、そうではないような気もする。

"Warum sprichst du auf Japanisch ?"(なんで日本語で・・・)

「あ、もしかして」
ドイツ語を話していた彼女が日本語に切り替わった。

「トレーナーさん、大丈夫ですか?」
「ああ、ここは・・・?」
シンプルな家具と大きめのベッド。壁にかかっているカレンダーの曜日はドイツ語で書かれている。

「今、あなたは10年後のあなたと入れ替わっているんです」

「え?」
「驚くのも無理はありません。私もそうでしたから」


その言って彼女はちょっと困ったような顔をした。ああ、その顔は間違いなくフラッシュだ。そうであれば、きっと10年後の自分と入れ違っているというのも本当なの
だろう。

「君にも経験があるのかい?」
「ええ、あなたと出会ってすぐの頃。私の両親と会ってくれた日の夜です」

ああ、契約も結んでいないのに「彼女のトレーナーです」と自己紹介したあの日だ。あれからしばらく経った今も覚えている。そういえば先程の彼女の困った顔はその時に見たような気がしたんだが、なんでフラッシュはそんな顔をしたんだっけか。。。

「合宿の最中の気分転換に海で遊んでいたんだけど・・・」 
今年皐月賞を勝ったハチャメチャな芦毛ウマ娘ゴールドシップが自分たちに向けてバズーカのようなものを放ち自分に直撃したのは覚えている。

「ふふふ、そうですか。そうでしたね。」

そうか、10年後の自分と入れ違ったということは俺の時間の彼女は10年後の俺と今、会っている。彼女はそれを覚えているのか。

10年後の俺はどうなっているのだろう。そう思っているとまた煙が立ち込めてきた。

「お別れみたいですね。でも、大丈夫です」

何が大丈夫なのだろう。意識がぼんやりとしてきた。

"Du wirst immer bei mir sein.Von damals bis heute."

瞬間に自分の顔が熱くなったのを感じた。

 

「トレーナーさん、大丈夫ですか?」

元の海岸だ。眼前には俺の知っているフラッシュの顔。

「顔が赤いですよ。大丈夫ですか」
「ああ・・・」

地面に倒れ込んだらしい俺をフラッシュが心配そうに覗き込んでいた。

「10年後の君に会ったよ」
「ええ、私も10年後のあなたに会いました。でも、あまり将来のことは教えてくれませんでした」
「ああ、俺もあまり聞けなかった」

でも、一つだけ確かなことがある。眼の前の少女は「今の」俺がドイツ語を話せることを知らないということだ。

だからあえて彼女は言ったのだろう。

ずっと私のそばにいますよ。あの時から今でも。と。

スティルインラブ育成シナリオについて

 育成が終わった瞬間にスマホを持ったまま部屋の中を歩き回った。

「ああ、もう」

 心が張り裂けるという表現があるが、あれはおそらく比喩ではないのだろう。

実際、私の心臓の近くは熱を帯びていて、声を出しながら歩き回らなければどうにかなってしまいそうだったから。

 もっと過酷なストレスに晒されたなら、きっと実際に張り裂けてしまうのかもしれない。

 

 それはともかくとして、なぜ自分がそういった心境になったかをここに記しておきたいと思う。

 これは誰かと共有したいとか、共感してもらいたいであるとかそういった目的からのものではない。単に私が心境を整理しておきたい、いやしておかないと自分がどうにかなりそうになってしまう。それを防ぐためである。

 

 ウマ娘の育成キャラクターは優に100を超えている。史実の競走馬をモチーフとしているキャラクターであるゆえ、史実の競走馬が悲劇的な最後を迎えたキャラクターも少なくない。

 ケイエスミラクルライスシャワーサイレンススズカアストンマーチャンといった現役中に亡くなった競走馬も多い。

 もちろん、馬にとって何が幸せで、何が悲劇的であるかなどというのは人間が勝手に決めつけているだけとも言えるが、少なくとも上に挙げた馬たちが幸せではないと私達は信じているわけである。

 

 そう考えたとき、果たしてスティルインラブという競走馬はどうだったのだろう。牝馬三冠という華々しい成果を上げながら、その後は

一勝もできず終わった競走馬。ましてや結果的に最終レースとなった府中牝馬ステークスでは17頭中の17着という三冠馬としてはあまりにも寂しい結果で競走馬としての生涯を終えた。

 そして、繁殖牝馬となり、たった一頭の仔を残して亡くなってしまった。

 

 程度の差こそあれ、ウマ娘化した競走馬の中には華々しい成績を残しながら引退後短命で終わってしまったものは他にもいる。ナリタブライアンウオッカエアシャカールゴールドシチーあたりか。ただ、スティルインラブを彼らと同じようには見られないのはあまりにも三冠後の成績が、一言でいえば惨憺たるものであったことも影響しているのだと思う。そして、何より違うのは彼女の鞍上は唯一人だったということだ。

 

 故に彼女を語る時にどうしても物悲しさが先立ってしまう。三冠馬にしても牝馬三冠馬にしても70年の歴史ある日本競馬の中でそれぞれ両手だけで数えられる程度にしか存在しないのに。

 

 私はウマ娘から競馬に入った人間である。なぜハマったかと言われれば、それは競走馬としての悲劇的、あるいは時に喜劇的な要素をキャラクターとして昇華させた見事な物語が描かれていたことが一つの大きな要因である。

 

 一言で言えば、「救い」があったのだ。どんなに悲劇的な結末を迎えた競走馬がモチーフであったとしても。

 

 このスティルインラブの物語は「救い」だったのだろうか。鞍上の有名な「この子と逃げてしまいたい」という言葉がこのシナリオに与える影響は少なからずあるだろう。しかし、それにしても、よりによって【そこ】に逃げてしまうのか。

できれば私は救いが欲しかったのだ。愛なんか要らないよ。君たちが誰の目から見ても幸せでいて欲しかったんだ。

ドラえもんに抱かれた男

 学校、職場、様々なところでドラえもんの話になるものだ。

「もし、ひみつ道具があったら」

「もし、タイムマシーンがあったら」

「もし、どこでもドアがあったら」

ドラえもんの声はどちらで育った世代か」

 それくらいドラえもんというのは日本国民に知られた存在であるし、どんな世代でも話のネタになる。

 そんな話になったら僕は必ずこう話したものだ。

 

「僕は大山のぶ代に抱かれた男だ」

 

 時は1979年1月に遡る。生まれたばかりの自分を両親は川崎大師に連れて行った。いわゆる厄除として有名な寺院は正月ということもあり人でごった返していた。

 一通り境内を巡り、そろそろ帰ろうかという頃、両親はトイレに行った。父が私を抱き、母が先にトイレに向かった。母が戻ってきたら父が母に私を渡して父がトイレに向かった。

 父がトイレから出て来たとき、一組の夫婦が母のところに寄ってきたという。

「あら、可愛い子。ちょっと抱かせてくださいな」

 特徴的な声を持つその婦人と横に立つ男性に目をやると、砂川啓介大山のぶ代夫妻だったという。

「どうぞ、どうぞ」と母が彼女に私を抱かせた。

「あらー、かわいい子ねえ」としばらく私の顔を覗きながらあやした後、母の腕に戻した。

「ありがとうございました」

そう言って、夫妻はそのまま立ち去ったという。

 私はその話を両親から何度も聞かされたものだ。

 

 時は下り、私が高校生くらいになったとき、当時、平日昼帯にやっていた長寿番組を見ていた。平日にやっていた番組だからきっとその日は風邪でもひいて学校を休んでいたのだと思う。

 その番組では一般視聴者が出演者に電話相談するというコーナーがあった。毎日日替わりで数名のゲストがおり、その中のひとりに彼女、大山のぶ代氏がいた。

 軽い相談から重めの相談まで、日によって異なっていたが、その日の視聴者の女性からの相談は、「子どもを流産し、もう子どもが産めない体になってしまった。これからどうしたらよいか」という相談であった。

 泣きながら自分の心情を話す相談者。重い雰囲気が漂っていた。

 出演者全体を映すひきの映像になったとき、一人のゲストが座っていた椅子の足の方に頭を下げている様子が見えた。一般募集されていた観覧者たちも少しざわついていたように思う。

 色黒の男性司会者が彼女に声をかけた。

「大山さん、お話できますか」

 しばらくそのままの体制で動かなかったが、覚悟したかのようにすっと体を起こし、背を伸ばした。泣いていたのが明らかな表情であったが、すぐに何かを振り切るかのような表情を一瞬見せた後、カメラに向かって話し始めた。

 

「私もね、流産を経験して、二人目の子は生まれてすぐに亡くなってしまったの。それから子どもはいないけれど・・・」

 

 彼女がどんなことを話していたのかは詳細には覚えていない。

「強く生きて、旦那さんがきっとあなたを支えてくれる」

「生きていれば必ず良いことがある」

 そんな内容を言っていたように思う。印象的だったのはそのときの表情だ。少し前まで泣いていた人とは思えない、力強い、毅然として優しい表情だった。

 

 後で調べたところ、生まれたばかりの私を抱いたとき、すでに彼女はそれらを経験していたのだ。彼女はどんな気持ちで私を腕の中に抱きしめていたのだろう。

 

 ドラえもんの放送開始は、それからしばらく後のことだ。

 

 最初のアフレコの後、「ドラえもんはこんな声をしていたんですね」と原作者である藤子・F・不二雄は言ったという。

 

 子どもたちのヒーローであったドラえもん。そのドラえもんが彼女にとっての子どもであり、彼女の支えになってくれていたのなら。

 

 ドラえもんはずっと私のヒーロであり続けているのだと思う。

3磐田が負けの場合


1 そのうえで鳥栖〇場合 →鳥栖は残留決定
  A 湘南〇 → 湘南と磐田が残留 (名古屋PO)
  B 名古屋〇 → 名古屋と磐田が残留 (湘南PO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南と名古屋が残留 (磐田PO)
 
2 鳥栖が引き分けた場合 → 鳥栖は得失点差の関係で残留決定
  A 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋PO)
  B 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南PO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南と名古屋が残留 (磐田PO)

3 鳥栖が負けた場合 → 次の条件による
  A 磐田は自動で残留決定
  B 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋か鳥栖が得失点等でPO)
  C 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南か鳥栖が得失点差等でPO)
  D 名古屋△―湘南△の場合、湘南・名古屋が残留 (鳥栖PO)

 

2磐田が引き分けの場合

 まず、 磐田残留決定

1 そのうえで鳥栖〇場合 →鳥栖は残留決定
  A 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋PO)
  B 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南PO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南が残留 (名古屋PO)
 
2 鳥栖が引き分けた場合 → 鳥栖は得失点差の関係で残留決定
  A 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋PO)
  B 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南PO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南が残留 (名古屋PO)

3 鳥栖が負けた場合 → 次の条件による
  A 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋か鳥栖が得失点等でPO)
  B 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南か鳥栖が得失点差等でPO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南・名古屋が残留 (鳥栖PO)

1磐田が勝ちの場合

 まず、 磐田残留決定

1 そのうえで鳥栖〇場合 →鳥栖は残留決定
  A 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋PO)
  B 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南PO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南が残留 (名古屋PO)
 
2 鳥栖が引き分けた場合 → 鳥栖は得失点差の関係で残留決定
  A 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋PO)
  B 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南PO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南が残留 (名古屋PO)

3 鳥栖が負けた場合 → 次の条件による
  A 湘南〇 → 湘南が残留 (名古屋か鳥栖が得失点等でPO)
  B 名古屋〇 → 名古屋が残留 (湘南か鳥栖が得失点差等でPO)
  C 名古屋△―湘南△の場合、湘南・名古屋が残留 (鳥栖PO)