「当落線上」のアリア(宇都宮徹壱さん)

逆に、今日一番残念に思えたのは、試合後の指揮官のコメントである。敗戦後、必ずといってよいほど耳にするジーコの審判批判は、もちろん正当なものも少なくない(例えば昨年のアウエーでのウクライナ戦など)。だが今回の場合、例えば田中へのプッシングについてのアドバンテージとか、玉田に対する(決定的な場面での)ファウルといった、さほど重大とも明白とも思えぬ場面についての異議申し立てというものについては、残念ながら、単なる負け惜しみとしか思えない。むしろ敗因は、指揮官自身が指摘していた「決めるべき時に決められなったこと」、それに尽きるのではないだろうか。

 個人的には、そんな負け惜しみにしか聞こえない審判批判よりも、ウソでもいいから「今日の試合を受けて、23人を選ぶのが難しくなってしまった」というようなコメントを聞きたかった、というのが本音である。ところがジーコという人は、どこまでもどこまでも、正直な人だから、
「彼らの頑張りは賞賛に値する。ただし、最終メンバーについてのベースは頭にある」
 と、平然と言ってのけるのである、それも試合直後に。
 それでは、果て無き疾走の末に同点ゴールを決めた巻は、あるいは奮闘空しくけがでリタイアした村井は、この指揮官の言葉をどう受け止めればよいのだろうか。そして、国内最後の試合となる13日のスコットランド戦で、彼ら「当落線上の」選手たちは、どのようなモチベーションで臨むべきなのか。
 こうした問題は、キリンカップの行方以上に気になるところである。

 正直、昨日の試合は村井が担架で運ばれるシーン以降はほとんど覚えていない。Jリーグの日程上の都合で、「当落線上」の選手が登場することになった。彼らがこの試合にかける思いというのは相当なものであったことは想像に難くない。13日の試合には浦和・鹿島の選手達がスタメンで登場することはこれまでの代表監督の「序列」を見れば明らかで、ブルガリア戦はまさに最後のアピールの場となるからである。
 その中で自分の特徴を最もアピールしていたのが村井と巻である。巻はJリーグでのプレースタイルそのまま豊富な運動量と高さ、ボールへの飛び込みという部分でこれ以上ないほどのアピールをしていた。ゴール自体はラッキーな面もあったが、あの場所にいることがゴールにつながったのである。
 村井もJリーグでの好調さをそのまま出すことが出来ていた。所属チームのフォーメーションが変わったこともあり、ライン際だけでなく中に入ってのプレーも磨きが掛かった。ボランチから何度も長いボールを受け、クロスを供給した。怪我の場面は「自爆」に近いものだったが、何度も一対一を仕掛け、ペナルティエリアまで侵入しようと奮闘していた。
 
 彼ら二人は怪我を恐れていなかった。


 だが、残念ながらそうではない選手が少なくとも2名私にはいるように見えた。特定することは避けるが、共に「序列」の上位にいる選手である。

 彼らは相手ゴール前まで迫りながら決してペナルティエリアの中に入っていこうとはしなかった。後半残り15分を切ってからはブルガリアのカウンター(さして、鋭いとは思えないものだったが)の場面でDFラインの前でブルガリアの選手を止めようとする選手はいなかった。結果、DFラインは20年前のサッカーのように深くなり、最終ラインでボールを跳ね返すことしか出来なかった。


 私は残念ながら日本人である。ジーコ解任デモに参加した経験があろうが、普段友人達に「いや、ワールドカップは(金珍圭がいる)韓国を全力で応援する」と冗談を言おうが、「ワールドカップ?眠いから寝るよ」と軽口を叩こうが、ワールドカップが始まれば、日本の試合を固唾を呑んで見守ることになるのだ。

 そう思っていた。昨日まで。

 だが、今はその自信はない。サッカーは何が起こるかわからないスポーツである。だからといって、何も手を打たなくて相手に勝とうとすることは傲慢である。素人監督を就任させ、正当な競争は行われず、怪我を恐れてプレーする選手が序列上位に来る代表チームがワールドカップで勝ってしまってよいのだろうか※。それはサッカーというスポーツに対する冒涜ではないだろうか。

 ブラジル代表アドリアーノの出身地は「よそ者」と相手を認識すると、挨拶代わりに自動小銃が取り出されるような所だという。そんな生活から抜け出してきた男に日本という地で生まれ、競争もなく選ばれた選手が勝ってしまってよいのだろうか※。世界最高峰の監督を迎え、着実に準備を行い、南米との決戦を制したチームに勝ってしまってよいのだろうか※。政情不安の中強豪を抑てワールドカップ予選を1位で通過したチームに勝ってしまってよいのだろうか※。

 (注※いずれも、勝てるかどうかは別にして。)


 最後に宇都宮さんの最後の質問に私なりに答えてこの文章を了することにする。

 それでは、果て無き疾走の末に同点ゴールを決めた巻は、あるいは奮闘空しくけがでリタイアした村井は、この指揮官の言葉をどう受け止めればよいのだろうか。そして、国内最後の試合となる13日のスコットランド戦で、彼ら「当落線上の」選手たちは、どのようなモチベーションで臨むべきなのか。

 残念ながら、あなたたちの奮闘は徒労に終わる。怪我がなく所属チームに帰ることができますように。



 追記

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 (スポニチ